「怒り」, 吉田修一

「怒り(上)」

 

若い夫婦が自宅で惨殺され、現場には「怒」という血文字が残されていた。犯人は山神一也、二十七歳と判明するが、その行方は杳として知れず捜査は難航していた。そして事件から一年後の夏---。千葉の港町で働く槙洋平・愛子親子、東京の大手企業に勤めるゲイの藤田優馬、沖縄の離島で母と暮らす小宮山泉の前に、身元不詳の三人の男が現れた。

 

【印象的な表現や文章】 

「ある児童教育者の本を読んだって。その中に『自分に傷があればあるほど、子供たちの痛みが分かる』というようなことが書いてあったって。・・・『お母さん、でもさ、幸せを知っている人間は、子供たちにも幸せがどんなものか、きっと教えてあげられるよね』って。」(P.67)

 

「たぶん十六歳の少女というのは、みんなが言うように母親という存在に対して愛憎入り混じった、というよりも限りなく『憎』に近い感覚を持っているのではないだろうか。」(P.89)

 

「俺は本気なんだって。本気で怒ってるんだって。でもさ、それを死なないで相手に伝えることってできないのかなって。・・・でも、無理なんだろうね。その本気っていうのを伝えるのが一番難しいんだよ、きっと。本気って目に見えないから・・・」(P.234)

 

「なんていうか、居場所ない奴ってさ、目が野良犬みたいになるじゃん。あいつなんてまさにそうだろ? 帰る所ないと、誰でもああいう目になるんだよ、きっと。」(P.239) 

 

 

 

「怒り(下)」

 

山神一也は整形手術を受け逃亡している、と警察は発表した。洋平は一緒に働く田代が偽名だと知り、優馬は同居を始めた直人が女といるところを目撃し、泉は気に掛けていた田中が住む無人島であるものを見てしまう。日常をともに過ごす相手に対し芽生える疑い。三人のなかに、山神はいるのか? 犯人を追う刑事が見た衝撃の結末とは!

 

【印象的な表現や文章】 

「結局、大切な人ができるというのは、これまで大切だったものが大切ではなくなることなのかもしれない。大切なものが増えるのではなく、減っていくのだ。」(P.34)

 

「荒んだ生活の中にいれば、その人間の心が荒むのは当然だが、やはり顔もまた、同じように荒んでいくのだと北見は思う。決して一目で凶悪そうな顔というわけではない。」(P.172)

 

 

「自分が愛した男をこれから連れて帰ると愛子が言っている。洋平が必死に守ってきた娘が、自分の愛する人をこれから守ると言っている。」(P.269)