「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」, 村上春樹

 

多崎つくるは鉄道の駅をつくっている。名古屋での高校時代、四人の男女の親友と完ぺきな調和を成す関係を結んでいたが、大学時代のある日突然、四人から絶縁を申し渡された。理由も告げられずに。死の淵を一時さ迷い、漂うように生きてきたつくるは、新しい年上の恋人・沙羅に促され、あの時何が起きたのか探り始めるのだった。

 

【印象的な表現や文章】 

「自由にものを考えるというのは、つまるところ自分の肉体を離れるということでもあります。自分の肉体という限定された檻を出て、鎖から解き放たれ、純粋に論理を飛翔させる。論理に自然な生命を与える。それが思考における自由の中核にあるものです。」(P.76)

 

「独創力とは思慮深い模倣以外のなにものでもない。現実主義者のヴォルテールはそう言っていますが。・・・人生における重要な物事というのは常に二義的なものです。」(P.78)

 

「どんなに穏やかに整合的に見える人生にも、どこかで必ず大きな破綻の時期があるようです。狂うための期間、と言っていいかもしれません。人間にはきっとそういう節目みたいなものが必要なのでしょう。」(P.85)

 

「・・・世の中の大抵の人間は、他人から命令を受け、それに従うことにとくに抵抗を感じていないということだ。むしろ人から命令されることに喜びさえ覚えている。」(P.213)

 

「人の心と人の心は調和だけで結びついているのではない。それはむしろ傷と傷によって深く結びついているのだ。痛みと痛みによって、脆さと脆さによって繋がっているのだ。悲痛な叫びを含まない静けさはなく、血を地面に流さない赦しはなく、痛切な喪失を通り抜けない受容は無い。それが真の調和の根底にあるものなのだ。」(P.350)