「とんび」, 重松清

昭和三十七年、ヤスさんは生涯最高の喜びに包まれていた。愛妻の美佐子さんとのあいだに待望の長男アキラが誕生し、家族三人の幸せを噛みしめる日々。しかしその団らんは、突然の悲劇によって奪われてしまうーーー。アキラへの愛あまって、時に暴走し時に途方に暮れるヤスさん。我が子の幸せだけをひたむきに願い続けた不器用な父親の姿を通して、いつの世も変わることのない不滅の情を描く。魂ふるえる、父と息子の物語。

 

【印象的な表現や文章】
「幸せいうて、こげなもんなんか。初めて知った。幸せすぎると、悲しゅうなるんよ。なんでじゃろう、なんでじゃろうなあ・・・」(P.48)
 
「アキラが悲しいときにおまえまで一緒に悲しんどったらいけん。アキラが泣いとったら、おまえは笑え。泣きたいときでも笑え。二人しかおらん家族が、二人で一緒に泣いたら、どげんするんな。慰めたり励ましたりしてくれる者はだーれもおらんのじゃ」(P.109)
 
「誰かの命と引き替えに自分が生きるというのは、こんなにもつらいことなのか、と思う。」(P.200)
 
「親が子どもを甘やかさんかったら、誰が甘やかすんな、アホ」(P.236)

 

「大事に思うとる者同士が一緒におったら、それが家族なんじゃ、一緒におらんでも家族なんじゃ。自分の命に替えても守っちゃる思うとる相手は、みんな、家族じゃ、それでよかろうが」(P.342)

 

「ケツからげて逃げる場所がないといけんのよ、人間には。錦を飾らんでもええ、そげなことせんでええ、調子のええときには忘れときゃええ、ほいでも、つらいことがあったら備後のことを思いだせや。最後の最後に帰るところがあるんじゃ思うたら、ちょっとは元気が出るじゃろう、踏ん張れるじゃろうが」(P.400)