「砂の女」, 安部公房

 

砂丘へ昆虫採集に出かけた男が、砂穴の底に埋もれていく一軒家に閉じ込められる。考えつく限りの方法で脱出を試みる男。家を守るために、男を穴の中にひきとめておこうとする女。そして、穴の上から男の逃亡を妨害し、二人の生活を眺める部落の人々。ドキュメンタルな手法、サスペンスあふれる展開のなかに人間存在の象徴的姿を追求した書下ろし長編。20数ヵ国語に翻訳された名作。

 

【印象的な表現や文章】

「一人前の大人になって、いまさら昆虫採集などという役にも立たないことに熱中できるのは、それ自体がすでに精神の欠陥を示す証拠だというわけだ。」(P.6)

 

「・・・あるいは、形態を持たないということこそ、力の最高の表現のなのではあるまいか・・・」(P.32)

 

「だから、風景画は自然の希薄な地方で発達し、新聞は、人間のつながりが薄くなった産業地帯で発達したと、何かの本で読んだことがある。」(P.78)

 

「ただ、互いにすねあうことでしか、相手を確かめられないような、多少くすんだ間柄だったというだけだ。」(P.96)

 

「やっぱり体験なんだな。皮膚に刺激をあたえないでおくと、ミミズだって、一人前には育たないって言いますからね・・・」(P.107)

 

「文明の高さは、皮膚の清潔度に比例しているという。」(P.117)

 

「漂流者が、飢えや乾きで倒れるのは、生理的な欠乏そのものよりも、むしろ欠乏に対する恐怖のせいだという。」(P.119)

 

「労働を越える道は、労働を通じて以外にはありません。労働自体に価値があるのではなく、労働によって、労働を乗り越える・・・その自己否定のエネルギーこそ、真の労働の価値なのです。」(P.153)

 

「・・・瞬間というものは、いますぐ捕まえなければ、間に合わない・・・次の瞬間に便乗して、後を追いかけるなどというわけには、いかないものなのだ!」(P.187)