「不道徳教育講座」, 三島由紀夫

【内容紹介(裏表紙より)】

「大いにウソをつくべし」「弱い者をいじめるべし」「痴漢を歓迎すべし」等々・・・・・・世の良識家たちの度胆を抜く命題を並べたてた”不道徳のススメ”。大西鶴の「本朝二十不孝」にならい、著者一流のウィットと逆説的レトリックで展開される論の底に、人間の真実を見つめる眼が光る。エスプリ溢れる人間学的エッセイ集。

 

【印象的な表現や文章】

「少年期の特長は残酷さです。どんなにセンチメンタルにみえる少年にも、植物的な残酷さがそなわっている。少女も残酷です。やさしさというものは、大人のずるさと一緒にしか成長しないものです。」(p.17)

 

「狩猟だのボクシングだのは、そういう意味で、人間の原始的本能を比較的無害に満足させてくれるスポーツですが、さてこの原始的本能というやつは、文明の進歩によってだんだん弱まるどころか、文明が進めば進むほど、押さえつけられた逆の勢いで、却って強まってゆく傾向があります。」(p.92)

 

「読書。これは結構です。コーヒーと併用すればますます不眠症を誘発し、人間をだんだん空想的にして現実から遊離させ、しかも体位を低下させます。読書の姿勢はどうしても前かがみになりますから、軍隊には向きません。それに勉強すればするほど、人間は決断力が鈍くなり、行動力を失うようになりますから、ますます結構です。」(p.97)

 

「人に命を助けてもらうといえば、お医者様に命を助けられた人はずいぶん多いでしょう。しかし誰も医者の恩を負担に感じないで、すぐ忘れてしまう。これは人の命を救うのが職業だから、救うほうも当然、救われるほうも当然という気でいる。しかしいわば人助けのアマチュアに助けられると、大恩を着せられることになるのである。」(p.130)

 

「世間周知の事実ですが、空襲中に自分だけは爆発は当らぬと考え、宝籤を買っては自分にだけは当ると考える、人間のいい気な心理のおかげで、『人はともかく、自分だけはみごとスタアになって、人もうらやむ幸福な生涯を送れる』と考える青年男女は尽きない。」(p.179)

 

「どんなに醜悪であろうと、自分の真実の姿を告白して、それによって真実の姿をみとめてもらい、あわよくば真実の姿のままで愛してもらおうなどと考えるのは、甘い考えで、人生をなめてかかった考えです。」(p.203)

 

「教育的見地から考えて、われわれの子供のころより、今の子供が恵まれている。と思われるのは、少年時代から、『悪』に鍛えられているということだと思う。映画やテレビで、しょっちゅう悪者に親しませておけば、社会へ出てから、大人の社会の悪におどろくことが少なくなり、『悪』に対して免疫性になる。そして月光仮面の正義感みたいなものがいかに無力であるか、を早く知ることが出来る。」(p.280)